小祝さくら――女子ゴルフ界を代表する黄金世代の一人として、数々の激戦を勝ち抜いてきた彼女が、今まで経験したことのない「立ち止まる時間」を過ごしている。いつもは力強いスイングと朗らかな笑顔でファンを魅了してきたが、左手の治療によって始まったギプス生活は、彼女にとって新たな学びと気づきの連続だった。普段の生活では意識していなかった“当たり前”が、どれほど大切で、どれほど大きな支えになっていたのか。それを痛感する日々が、静かに、しかし確実に彼女の心を変えていった。
ギプスをつけた初日は、まずその重さに圧倒された。肩はこり、首は痛み、わずかな角度の違いで血行が悪くなる。寝るときでさえ腕の位置に細かく気を遣う必要があり、身体は想像以上に疲れた。左手が使えないというだけで、ご飯を作ることも難しくなり、洗い物もできない。“不自由”の二文字が日常の中心に置かれたとき、彼女は改めて思った。「ゴルフができる日々は、なんてありがたいんだろう」と。
プロとして厳しい試合に挑む毎日、その裏には知らず知らずのうちに積み重なっていた疲労がある。しかし、ゴルフができなくなった今、彼女は別の種類の疲れと向き合っていた。それは、肉体的な負担ではなく、“できないこと”と向き合う精神的な疲れだった。右手だけで生活する日々の中で、小さな動作一つに工夫が必要で、思い通りにいかない瞬間が続く。そのたびに、「自分の身体は本当に大切なんだ」と深く実感した。
一方で、彼女にはちょっとした“夢”もあった。韓国ドラマをゆったり鑑賞しながらのんびり過ごす生活。しかし、実際にその時間が訪れてみると、思った以上に長時間座っていることがつらく、お尻も痛くなるという意外な現実が待っていた。深夜までドラマに没頭することもあり、身体は思ったほど休まらない。けれども、その静かな生活が肌に優しく働き、メイクをしない日々で肌は一気につやを取り戻し、右手は白さを取り戻した。「普段どれだけ負担をかけていたんだろう」と彼女は笑いながら気づいた。
かつてハマっていたパズルを思い出し、久しぶりに挑戦しようとしたが、家にはすでに完成したパズルが山のようにあり置き場所がない。そして、パズルの大変さもよく知っている。ずっと首を下げ続ける作業は簡単ではなく、首や肩が痛くなる。結局、彼女は「別のことを考えなきゃ」と思い始めた。
そんな中、彼女は“アルバイトをしてみたい”という突拍子もないアイデアに行き着く。アプリで仕事を調べ、ライブスタッフならバレないかもしれないと真剣に考える。新聞配達も候補に入れ、夜中から朝まで働けば日焼けもしないし、涼しい時間帯で身体にも優しいと思ったという。プロゴルファーとしての常識に縛られない、自由でユニークな発想こそ、まさに小祝さくららしい。
最近、ようやくギプスが外れた。腕を見た瞬間、筋肉が落ちていることに驚き、肌がふやけて弱く見えた。それでも医師から「1〜2ヶ月で戻る」と言われ、少し安心しつつも未来への不安は消えない。ゴルフをしていないせいか、表情は穏やかになったと言われる。しかし、練習に戻ったときに感覚が戻るかどうか、来年どう戦えるか、その不安は胸の奥に残っている。
それでも小祝さくらは止まらない。
不安を抱えながらも、彼女は毎日を丁寧に生きている。
未来の自分を信じて、再びクラブを握るその日のために。
静かな時間は彼女に試練を与えたが、同時に強さも与えた。
そして彼女はまた、あのフェアウェイに戻ってくる。
より強く、よりしなやかに、より感謝の心を胸に抱いて
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